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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)12711号 判決 1971年10月04日

原告 宮野亮

右訴訟代理人弁護士 西村昭

同 大森鋼三郎

同 福地絵子

被告 日向野幸夫

右訴訟代理人弁護士 山内繁雄

同 森健次郎

主文

一  訴外日向野貞夫が昭和四三年四月二三日別紙物件目録(一)、(二)記載の土地、建物の共有持分を被告に売り渡した行為はこれを取消す。

二  被告は原告に対し、別紙物件目録(一)、(二)記載の土地、建物につき、東京法務局台東出張所昭和四三年四月二三日受付第九五七〇号持分移転登記の抹消登記手続をせよ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  訴外日向野貞夫が、昭和四三年四月二三日別紙物件目録(一)、(二)記載の土地、建物の共有持分を被告に贈与した行為はこれを取り消す。

(二)  主文第二、第四項同旨

(三)  第(一)項につき予備的に主文第一項同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告の訴外日向野貞夫に対する債権

1 訴外豊栄信用金庫は、昭和四一年一一月四日、訴外日向野製本有限会社(以下訴外会社という)に対し、次の約定で金二四〇万円を貸し付けた。

イ 弁済期 昭和四四年一一月四日

ロ 期限の利益の喪失 債務者が振り出しまたは裏書した手形または小切手が支払を拒絶されたとき。

ハ 利息 日歩三銭二厘

ニ 遅延損害金 日歩七銭

原告は、訴外日向野貞夫(以下貞夫という)、同長田真とともに右金銭消費貸借契約における訴外会社の債務を連帯保証した。

2 訴外商工組合中央金庫は、昭和四一年一二月一日、訴外会社に対し、次の約定で金三〇〇万円を貸し付けた。

イ 弁済期 昭和四二年六月三〇日を第一回とし、爾後完済まで毎月末日に金一〇万円宛を弁済する。

ロ 期限の利益喪失 債務者が支払を停止したときまたは手形交換所の取引停止処分をうけたとき。

ハ 利息 年八分六厘

ニ 遅延損害金 日歩四銭

原告は貞夫とともに右金銭消費貸借契約における訴外会社の債務を連帯保証した。

3 訴外会社は、昭和四二年七月二九日不渡り手形を出して倒産したので、前記期限の利益喪失約款により同日をもって訴外会社の前記1、2の金銭消費貸借契約の弁済期が到来した。そして、原告が右両契約につき連帯保証人となったのは訴外会社の代表者であった貞夫の委託によるものであった。そこで、同日原告は右両契約の主たる債務者と同視すべき貞夫に対して予め求償権を行使する権利を取得した。貞夫を主たる債務者と同視すべき理由は次のとおりである。

(1) 前記1、2の金銭消費貸借契約上の主たる債務者は、形式上は訴外会社であるが、訴外会社は会社とはいっても、その実体はまったく貞夫の個人企業にすぎないものであった。すなわち、会社財産と貞夫個人の財産の区別も会社の収支と貞夫個人の収支の区別もなされておらず、業務の全般にわたり、まったく公私混同の状態にあり、訴外会社貞夫個人であり、貞夫個人即訴外会社というのが実体であった。したがって、前記金銭消費貸借契約が訴外会社名義で締結されていても、訴外会社の法人格を否認し、法人格の背後にある貞夫個人が締結したものとして、貞夫個人をもって右契約の主たる債務者と同視すべきものである。

(2) かりに訴外会社の法人格を否定することができないとしても、貞夫は原告に委託して原告と共に訴外会社の債務につき連帯保証をなしたものであることは前記のとおりであり、その際、貞夫は、原告に対し前記各消費貸借については責任はすべて貞夫が負い、原告には一切負担をかけない旨の約束をしたものである。このような場合には、貞夫と原告の関係は主たる債務者と保証人の関係と同視されるべきである。

以上の次第であるから、原告は、昭和四二年八月二九日、訴外会社が前記消費貸借契約上の期限の利益を失い右消費貸借の弁済期が到来したことによって、前記1、2の債務につき貞夫に対し予め求償権を行使しうる権利を取得したものである。

(二)  債務者貞夫の詐害行為と詐害の意思

1 貞夫は、昭和四二年四月一九日、別紙物件目録(一)、(二)記載の土地および建物(以下本件土地建物という)を母の死亡により共同相続し、その五分の一の共有持分を取得した。貞夫は、原告に対する債務のほかにも多額の債務を負担しており、貞夫にとっては右持分権が唯一の価値ある財産であったから、これを他に贈与すれば原告ら債権者を害することがあきらかであるのにそれを知りながら、昭和四三年四月二三日、被告に対して右持分権を贈与し、同日これを原因とする持分権移転の登記を経由した。なお、右移転登記の登記原因は、その後昭和四三年四月二三日付売買に更正された。

2 かりに貞夫の右持分の被告への移転が贈与によるものではなく、売買によるものであったとしても、その対価は僅か金一〇〇万円であった。本件土地のその当時の価格は坪当り七〇万円は下らないから、貞夫の持分(五分の一)だけでも約三〇〇万円に価する。したがって、これに対する対価としては金一〇〇万円は不当に廉価であり、かりに右対価が相当であったとしても、不動産を費消されやすい金銭に換価することは詐害行為たるを免れない。

(三)  よって、原告は、被告との間において、日向野貞夫が昭和四三年四月二三日被告との間で締結した本件土地建物の持分五分の一の贈与契約(かりに、同日締結された契約が贈与ではなく売買であったとすればその売買契約)の取消および被告に対し、右同日なされた右契約を原因とする持分移転登記の抹消登記手続をすることを求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因第(一)項のうち、1、2の事実は認める。3の事実中訴外会社が倒産したことは認め、(1)の事実は否認する。その他の事実は知らない。

(二)  同第(二)項の1につき、本件土地建物が共同相続され貞夫がその五分の一の持分を取得したこと、原告主張の日にその持分が被告に移転したことおよび原告主張の如き登記がなされたことは認め、その余は否認する。

同項の2につき、持分の移転が売買によるものであった事実は認め、その余は否認する。

貞夫の持分の売買代金は金二五〇万円であり、売買契約の成立した昭和四三年四月二三日被告は内金三〇万円を貞夫に支払い、残金二二〇万円は同年六月一日貞夫に支払済みである。

三  抗弁

被告が貞夫から本件土地建物の貞夫持分の譲渡をうけるに際し、被告には詐害の意思はなかった。すなわち、

1  被告は貞夫の実兄であるが、貞夫とは同居していなかったし、貞夫の行跡がよくなかったことから両者が会うことはめったになく、貞夫の仕事や財産状態および訴外会社の業務状況については日頃から被告の関知するところではなかった。したがって、被告は、訴外会社や貞夫が原告主張の金銭消費貸借契約を締結したことは知らなかったし、まして、原告が求償権を有していたかどうかについては知る由もなかった。

2  被告は、本件土地建物が、昭和四二年四月一九日被告、貞夫を含む五名によって共同相続される以前から本件建物において大衆食堂を営んでいたので、これを各相続人に分割することは事実上できない状況にあった。共同相続登記が行なわれる前から共同相続人全員の話し合いで、本件土地建物は最終的には被告の単独所有にすることとし、被告は他の相続人四名に対し順次対価を供してこれらの者から持分を取得していくことに決められていた。貞夫からの前記持分の取得も右話し合いによる結果が実現されただけのことであり、なんら被告の詐害的意図から出たものではない。

四  抗弁に対する認否

被告が貞夫の実兄であることは認め、共同相続人間で話し合いがなされたことは否認する。その余は知らない。

第三≪証拠関係省略≫

理由

一  訴外会社が請求原因第(一)項1、2記載のとおりの金銭消費貸借契約をそれぞれ訴外豊栄信用組合および同商工組合中央金庫と締結し、原告が訴外会社の右1記載の債務につき、訴外長田真および貞夫とともに、同2記載の債務につき貞夫とともに、それぞれ連帯保証をしたことは当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫によれば、訴外会社は昭和四二年七月二九日不渡手形を出して倒産した事実が認められる。そうすると、前記金銭消費貸借契約における期限の利益喪失約款により右同日をもって右各消費貸借における訴外会社の弁済期が到来したものというべきである。

原告は、右各消費貸借につき貞夫の委託をうけて連帯保証人となったのであり、かつ、貞夫は原告に対し右債務につき一切迷惑をかけない旨を約したのであるから右弁済期の到来により原告は貞夫に対して予め求償権を行使する権利を取得したと主張するのでこの点につき検討する。

まず訴外豊栄信用組合との間の消費貸借につきこれをみるに、

≪証拠省略≫によると、原告は、昭和四一年二月ごろ訴外会社の代表者であった貞夫と知り合い貞夫と意気投合して同年九月ころ訴外会社に総務経理担当の部長として入社したものであるが、当時原告は、自己所有の土地、家屋を担保に訴外興国不動産株式会社から金一三〇万円を借り受けていたので、貞夫にこの負債を訴外会社が肩代りしてくれるよう依頼したところ、貞夫はこれを承諾し、原告の右興国不動産への弁済資金を調達するため、訴外会社と従前より取引のあった豊栄信用組合から右原告所有の土地家屋を担保に前述のように訴外会社名義で金二四〇万円を借りうけたこと、この二四〇万円のうち少くとも一四〇万円は貞夫から原告に交付され、原告はこれにより興国不動産に対する自己の債務を弁済し、前記土地家屋につき興国不動産のために設定されていた抵当権等の登記は昭和四一年一一月一四日抹消されたことがそれぞれ認められる。

右事実によれば、訴外会社が豊栄信用組合から金員を借り受けたのは、訴外会社の利益に沿わないものではなかったにしても、主として原告の利益のためになされたものであったことがあきらかであり、したがってまた、原告が訴外会社の右債務につき連帯保証をしたのも実質的には原告自身のためであったというべきであり、貞夫の委託にもとづいたものであったとはにわかに断じ難い。貞夫の委託に基いたものであったとの趣旨の原告本人の供述は貞夫の証言に照らし採用し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。したがって原告が、訴外会社の豊栄信用組合に対する債務の弁済期の到来によって、右債務につき貞夫に対し予め求償権を行使しうる権利を取得したということはできない。

次に商工組合中央金庫との間の消費貸借につき検討すると、≪証拠省略≫によれば、訴外会社と商工組合中央金庫との間の前記消費貸借契約は、貞夫が訴外会社を新しいビルに移転させて事業を拡張させる資金を調達するために、東京信用保証協会の保証をえて締結されたものであるが、その際、原告は、貞夫から前記原告所有の土地、家屋を担保に提供することと連帯保証人となることを求められ、将来訴外会社が収益をあげたときにはその配分にあずかれるであろうとの期待のもとに、右求めに応じて右担保を提供すると共に連帯保証人となったものであることが認められ、右認定を左右する証拠はない。

右事実によれば、原告が連帯保証人となったのは貞夫の委託によるものであったことがあきらかである。そして、原告本人尋問の結果によれば、その際貞夫は右債務については全面的に責任を負い原告には絶対迷惑をかけない旨を原告に約束した事実が認められる。

このように数人の保証人がある場合において、その一人が他の保証人の委託を受けて保証をし、かつ、委託者が委託を受けた保証人に対し、当該債務について一切の責任を負い迷惑をかけない旨すなわち全額を負担する旨の約束をしたときは、保証人間の求償に関するかぎりではその委託をした保証人を主たる債務者と同視し、委託を受けた保証人の主たる債務者に対する求償に関する民法四五九条以下の規定をこれに適用すべきものと解するのが相当である。けだし、このような委託をし、かつ、約定をした保証人は、委託を受けた保証人に対し、当該債務の全額につき求償義務を負う点において主たる債務者と異るところがなく、求償の時期に関しても両者を異別に扱うべき理由に乏しいと考えられるからである。

そうすると、訴外会社の商工組合金庫に対する債務の弁済期の到来により、原告は貞夫に対し右債務につき予め求償権を行使する権利を取得したものというべきである。

二  貞夫が昭和四二年四月一九日本件土地建物を母の死亡により共同相続し、その五分の一の共有持分を取得したこと、昭和四三年四月二三日右持分が被告に譲渡されたこと、同日、右持分につき、同日付贈与を原因とする貞夫から被告への移転登記がなされたことおよびその後右登記の登記原因が右同日付売買に更正されたことは当事者間に争いがない。

原告は、右持分移転の原因は贈与があったと主張するが、当初贈与を原因とする持分移転登記がなされたことのほかには右主張に沿う証拠はない。そして、≪証拠省略≫中には売買によって持分を移転したとの趣旨の部分があり、これらの供述により成立を認めうる乙第三号証はその売買代金の授受を証する趣旨の書面であることがあきらかである。これらの証拠に照らして考えると、右贈与を原因とする登記がなされたことのみによっては、持分移転の原因が贈与であったことを認めるに足りないというほかはない。

そして、贈与の事実が認められないとすれば、右持分が売買によって貞夫から被告に移転したことは当事者間に争がない。

≪証拠省略≫によれば、訴外会社が倒産した昭和四二年七月末、貞夫は債権者の追及をのがれるため身を隠してしまい、訴外会社の機械設備等は債権者らによって持ち去られてしまったこと、そして本件土地建物が被告に譲渡された昭和四三年四月二三日頃には貞夫は生活にも困る状況にあって、本件土地建物の持分が同人の有する唯一の価値ある財産であったことが認められる。ところで債務者がその有する不動産を売却したときは、それが相当な対価による場合であっても、金銭は散逸の機会が大きいので、債務者が他に弁済をするに足りる資産を有するのでないかぎり債権者を害するおそれがあるといわなければならない。したがって、相当な対価による売却も原則として債権者を害する行為であって詐害行為となりうると解するのが相当である。そうすると、本件土地建物の持分が貞夫にとっては唯一の価値ある財産であったことは前述のとおりであるから、同人がこれを被告に売り渡したことは債権者を害する行為であったというべきである。そして、原告が訴外会社に入ってから貞夫が持分の譲渡をするに至るまでの叙上の諸経緯をすべて総合すれば、貞夫は債権者である原告を害することを知りながら、すなわち詐害の意思をもって本件土地建物の持分を被告に譲渡したことがあきらかである。≪証拠判断省略≫

三  そこで、次に抗弁の当否について判断する。

本件土地建物の持分の譲渡が原告を害することにつき被告が善意であったことを認めるに足りる証拠はない。もっとも、≪証拠省略≫によれば、被告は訴外会社の経営には直接関与していなかったし、訴外会社の業務状況および貞夫の仕事の内容については必ずしもその詳細を知ってはいなかったことが認められる。しかし、≪証拠省略≫によれば、訴外会社が倒産した頃訴外会社の副工場長をしていた訴外会田登とその妻会田政子(被告の妹)は被告居住の建物と同一の建物に居住しており、右政子には貞夫が訴外会社の倒産後の処理をまかせて貞夫の印鑑を預けていた事実が認められるので、このことから被告は右会田夫妻から訴外会社の倒産後における貞夫の苦境について十分知らされていたことがたやすく推認できる。そして、被告が貞夫は当時本件土地建物の持分以外にはなにも財産を有していなかったことを知っていたことは被告本人の供述によってこれを認めることができる。これらの点からみると、前述した状況のみから被告は本件売買につき詐害の意思を有していなかったということはできず、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって被告の抗弁は理由がない。

四  そうすると、貞夫が本件土地建物の持分を被告に贈与したということはできないから右贈与の取消を求める原告の請求は失当であるが、貞夫は、昭和四三年四月二三日本件土地建物の持分を被告に売り渡したのであり、この行為は貞夫が債権者を害することを知ってなしたものであって、被告がこれを買い受けた当時債権者を害することを知らなかったということはできないから、右行為の取消および右行為を原因とする持分移転登記手続を求める原告の請求は理由がある。

よって、右の限度で原告の請求を認容してその余の請求を棄却し、民訴法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橘勝治)

<以下省略>

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